8/28(土)Walkin’About @近鉄八尾
8月のWalkin'Aboutでは、八尾を探ります。
自分が行きたい場所を訪ねるまちあるき「Walkin’About @近鉄八尾」
開催日:2021年8月28日(土)
集合時間・場所 14:00 @近鉄八尾駅中央改札前
再集合時間・場所 16:00 同上
八尾の地に人々が住み始めたのは、旧石器時代。旧大和川の水運と陸運の両方を備え、難波津と大和を結ぶ交通の要衝の地であったことで栄え、飛鳥時代には、ここを拠点とした物部守屋と蘇我馬子の合戦が起こっています。
戦国時代から江戸時代初期にかけて、この一帯は、たびたび合戦が繰り広げられる場所でした。初期に久宝寺や萱振で寺院を中心に寺内町・環濠集落が形成され、時の権力に対抗する勢力の拠点となりました。江戸時代初期には浄土真宗の宗派対立を発端として八尾寺内町が創設され、現在の八尾市発展の基となっています。
江戸時代中期には大和川の付け替えにより、度々水害に悩まされていた状況が改善され、川床跡の砂地では木綿栽培がおこなわれました。大坂という消費地が近かったことで、商品作物としての木綿の栽培や農村工業としての紡績が盛んになり、全国でも有数の裕福な農村となりました。
明治以降も綿糸生産で繁栄しましたが、外国産の安い綿花が輸入されるようになったことで、八尾の綿花栽培は大正末期までに急速に衰えていきました。その後は綿を生産していた農家や工場がブラシ生産などの地場産業に活路を見出していきました。戦後には田園は住宅地となり、また金属・機械・電気機械器具を中心とした中小企業の集積も進んでいきました。一方で綿業の副産物として綿種油の生産も盛んであり、現在も長瀬川沿い付近には油脂関連の企業が立地しています。
今回はこの街を、みなさんの視点で切り取っていただきます。
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“Walkin’About”は、参加者の方々に思い思いのコースをたどっていただく“まちあるき”です。参加者の方々は、集合場所でエリアについての説明を受けたあと解散。約90分後に再び集合いただき、それぞれの見聞や体験をシェアします。
【主催・お問い合わせ】大阪ガス(株)NWカンパニー 都市魅力研究室 担当:山納 Tel 06-6205-2366 http://www.toshimiryoku.jp